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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)3299号 判決

原告

技研株式会社

右代表者代表取締役

丹羽隆

右訴訟代理人弁護士

石田省三郎

被告

安田信託銀行株式会社

右代表者代表取締役

高山冨士雄

右訴訟代理人弁護士

工藤舜達

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和六二年三月二〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、自動車部品等の製造販売を業とする株式会社であり、昭和五三年五月二三日、被告との間で、銀行取引約定(以下「本件銀行取引約定」という。)を締結し、そのころより、被告池袋支店を主要取引銀行としてきた。

2(一)  原告は、昭和五九年一〇月当時、協和銀行板橋支店に一億一〇〇〇万円(以下「本件金員」という。)の預金を有していたところ、同月一三日、被告は、原告に対し、本件金員を被告に預金(協力預金)してくれるように求めてきた。原告は、本件金員中四〇〇〇万円については、同月二五日に原告の三菱信託銀行に対する借入金の弁済のために使用する予定であり、残金についても、同日、支払手形の決済に使用する予定であったが、被告が弁済までの短期間でも当座預金に入金してくれればよいと強く要請するので、原告は、当座預金であればすぐに現金化できると考え、右要請に同意した。

原告は、同月一五日、被告池袋支店の原告の当座預金の口座に本件金員を入金したが、被告は、原告に無断で、当座預金口座から別段預金口座へ入金の処理をした。

(二)  同月二四日、被告は、原告に対し、本件金員を含む原告の被告に対する全ての預金(合計一億五〇二六万二五八七円)を、原告への貸付金との関連で、拘束性預金とした。

同月二六日、被告は、右拘束を一旦解除したものの、同月二九日、再び、当座預金を除く一億五〇〇〇万円の預金を拘束した(以下、右二回の預金拘束を併せて「本件預金拘束」という。)。

3(一)  本件預金拘束がなされた昭和五九年一〇月二四日当時の原告の被告に対する債務は、合計四億六七〇〇万円(長期借入金四億三二〇〇万円、短期借入金三五〇〇万円)であった。

(二)  右当時、原告が被告に対し提供していた担保の価値の合計は六億四五〇〇万円に達しており、その内訳は左記のとおりである(原告は、他に被告に対し定期預金四〇〇〇万円をしており、これは、実質的に原告の債務の担保である。)。

A 山形工場財団 〔極度額〕

(a) 六番根抵当権 七五〇〇万円

(b) 八番根抵当権 九〇〇〇万円

(c) 一〇番根抵当権 一億五〇〇〇万円

B 板橋区新河岸の土地(大川鋼板工事株式会社名義)

(a) 一番根抵当権 一億七五〇〇万円

(b) 二番根抵当権 七五〇〇万円

C 東京工場財団

六番根抵当権 一億五〇〇〇万円

(A(c)と共同担保)

D 小金井ゴルフ株式会社株式〔当時の時価〕 八〇〇〇万円

(三)  したがって、本件預金拘束当時の原告の被告に対する担保提供の状況は、被告の原告に対する債権を確保するに十分であったのであるから、被告が本件預金拘束をする必要性は全くない。

4  以上のように、被告は、当初から拘束する意思で、本件金員を「協力預金」の名目で当座預金に入金させたうえ、本件金員を原告に無断で別段預金口座に振り替え、さらに、本件金員を拘束する必要性がないにもかかわらず、本件預金拘束をなした。

5  原告は、本件預金拘束により、昭和五九年一〇月二四日以降の資金繰りが逼迫し、左記アないしオの融資(合計一億二一八〇万円)を受けることにより、直面する危機を乗り越えざるを得なかった。

ア 同月二五日 丹羽隆より 五五〇〇万円

イ 同月三一日 同人より 六八〇万円

ウ 同年一一月一六日 緑川化成工業株式会社より九〇〇万円

エ 同月二五日 同社より 一九〇〇万円

オ 同月二六日 同社より 三二〇〇万円

なお、丹羽隆(原告代表者)からの借入分(右ア、イ)は、同人が、高野自動車用品製作所より三〇〇〇万円、その余については右緑川化成工業株式会社より借入し、原告がこれを再借入した。

原告は、右借入金に対する利息として、別紙支払利息表記載のとおり、昭和六〇年一二月三一日までに、合計一六〇九万六一〇四円を支払った。これについて、本件預金拘束により資金繰りに利用することができなかった本件金員の額(一億一〇〇〇万円)にみあう分を按分計算すると、一四五三万六七一一円となる。

6  よって、原告は、被告に対し、その契約上の責任または不法行為責任に基づく損害賠償請求として、右損害のうち金一〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六二年三月二〇日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実のうち、原告が自動車部品等の製造販売を業とする株式会社であること、昭和五三年五月二三日、原告と被告との間で、銀行取引約定を締結し(本件銀行取引約定)、原告と被告池袋支店との取引が、そのころ開始したことは認め、その余は否認する。昭和五三年ころの取引は小規模であり、それが徐々に増え、昭和五九年ころには、被告池袋支店が原告の大口取引銀行の一つになってはいたが、いわゆるメインバンクではない。

2(一)  請求原因2(一)の事実のうち、原告が、昭和五九年一〇月当時、協和銀行板橋支店に一億一〇〇〇万円の預金を有していたこと、同月一五日、被告池袋支店の原告の預金口座に右一億一〇〇〇万円(本件金員)を入金したこと、本件金員は、少なくとも書面上は、当初当座預金口座に入金された後、別段預金口座に振り替えられていることは認め、その余は否認する。

本件金員は、原告の資金繰りに当てられるべきものではなく、全額三菱信託銀行への返済に当てられるべきものであって、別段預金へ入金するのが正しい取扱いである。事情を知らない被告の窓口の係員が、本件金員を原告の当座預金に入金する旨の誤記帳をしてしまったために、右の形式的な誤記帳を訂正したにすぎない。

(二)  請求原因2(二)の事実は認める。

3(一)  請求原因3(一)の事実のうち、本件預金拘束当時の原告の被告に対する長期借入金が四億三二〇〇万円、短期借入金が三五〇〇万円であったことは認める。ただし、その他に、割引手形債権が五〇〇〇万円あったので、右当時の原告の被告に対する債務の合計は五億一七〇〇万円であった。

(二)  請求原因3(二)の事実は否認する。

右当時、被告が原告から取得していた担保の実質的評価の合計は、三億四〇〇〇万円で、その内訳は左記のとおりである(なお、A(a)等の符号は請求原因3(二)のそれと同じ。以下「請求原因3(二)」の記載を省略する。)。

A 山形工場財団 〔極度額〕

(a) 六番根抵当権 七五〇〇万円

(b) 八番根抵当権 九〇〇〇万円

B 板橋区新河岸土地(大川鋼板工事株式会社名義)

(a) 一番根抵当権 一億七五〇〇万円

(三)  板橋区新河岸土地の根抵当権(B(b))は、担保としての実質的価値は認められないが、添担保として取得したものである。

(四)  山形工場財団(A(c))及び東京工場財団(C)の各根抵当権(極度額一億五〇〇〇万円)は、本来、担保価値があるとして取得した担保ではない。

原告は、被告に対し、昭和五九年三月から同年一〇月にかけて、再三にわたり、三菱信託銀行が右山形工場財団及び東京工場財団について有する極度額三億円の根抵当権のうち、極度額一億五〇〇〇万円分の根抵当権を譲渡する手続を行うとの約束をした。しかし、原告が右約束を履行しないので、被告は、最終順位で実質的価値がないことを承知の上、形式的に前記各根抵当権(A(c)、C)の設定登記だけを行った。

被告は、原告に対し、昭和五九年一月に五〇〇〇万円、同年三月に一億円のインパクトローンによる各貸付(以下、併せて「本件インパクトローン」という。)を行い、それぞれの返済期限である同年七月及び同年九月に、長期貸付に振替えたが、これは、十分に担保価値がある右根抵当権を譲受ける約束ができていたからである。

(五)  小金井ゴルフの株式(D)は評価していない。

右株式の株券は、被告の原告に対する債権の担保としてではなく、右譲渡約束の履行を間接的に強制する目的で預かったものである。

また、被告は、未だゴルフ会員権を適格な担保として取扱っておらず、したがって、本件当時、被告が、ゴルフ会員権を貸金債権の担保として取得したり、ゴルフ会員権を担保に新規貸出をしたりすることはない。

4  請求原因4及び5の各事実は否認する。

5  被告の主張

被告が、本件預金拘束を行った理由は左記のとおりである。

(一) 昭和五三年五月二三日に締結した本件銀行取引約定五条二項によれば、原告が債務の一部でも履行を遅滞したとき、原告が被告との取引約定に違反したとき、及び原告について債権保全を必要とする相当の事由が生じたときは、原告は、被告の請求によって、原告の被告に対する一切の債務の期限の利益を失い、直ちに債務を弁済することになっている。

(二) これに対し、原告は、被告に対し、左記のとおり、その債務の履行を遅滞し、本件銀行取引約定に違反し、また、債権保全を必要とする相当の事由を発生せしめている。

(1) 原告は、被告から、自動車部品の工場を増設するための資金として、九〇〇〇万円を借り出し、これをステンドグラスの工場新設に流用した。

(2) 前記3(四)にあるように、原告は、昭和五九年三月から一〇月にかけて再三にわたり、三菱信託銀行の有する根抵当権(極度額一億五〇〇〇万円分)を譲渡するという約束をしていながら、その約束を履行しない。これは、民法一三七条三号の規定からみて、期限の利益喪失事由たりうる。

(3) 原告は、本件インパクトローン(前記3(四))について、期限が到来しても弁済できなかった。ただ、実際は、長期貸付に振替えているので、債務不履行にはなっていないだけである。

(4) 原告は、被告に対し、協和銀行及び第一勧業銀行からの借受金をもって、三菱信託銀行からの借受金約二億三〇〇〇万円を返済すると約束しながら、これを履行しない。

原告は、第一勧業銀行から、三菱信託銀行への返済資金として使用する目的で借受けた八〇〇〇万円を、みだりに原告の資金繰りに流用してしまった。

(5) 原告は、本件金員を、三菱信託銀行への返済資金としてのみ使用し、原告の資金繰りには絶対使用しないと約束しながら、昭和五九年一〇月二四日に至って、突然、原告の決済資金に使用しようとした。

(6) 原告は、被告に対し、同月二六日、本件金員を原告の資金繰りに絶対使用しないからといって、預金の拘束を解除させておきながら、同月二九日、右解除通知が到着するやいなや、直ちに、小切手を切って被告に回してきた。

(三) したがって、被告としては、事務処理上(行内検査の上から、また、大蔵省の銀行検査の上からも)、これ以上待つことができなかったため、本来であれば、前記(一)の本件銀行取引約定に基づき、原告の被告に対する一切の債務の期限の利益を失わせ、直ちにその返済を請求するところであるが、今回は、そこまでの過激な方法を採らずに、穏便な手段である定期預金及び当座預金の拘束という方法を採り、前記三菱信託銀行の有する根抵当権の譲渡約束の履行を確実に行わしめようとしたのである。

三  抗弁(和解契約)

被告は、原告との間で、昭和五九年一二月二七日、仮に原被告間に、何らかの損害賠償請求権等の権利が存在したとしても、全てこれを放棄し、原被告とも相互に争うことなく、異議を申し立てない旨の内容(以下「本件和解条項」という。)を含む和解契約を締結した。

四  抗弁に対する認否及び再抗弁(強迫による意思表示の取消)

1  被告主張の日時に、被告は、原告に対し、前記Dの小金井ゴルフ株券を返還する代わりに、原告は預金解約や板橋区新河岸の土地(B)の売得金によって被告に対する債務の弁済をすること及びこれについては互いに異議を述べない旨の合意をしたことは認める。

2  しかし、右合意は、これに応じなければ、右株券は返還しないとして、原告がこれを担保として資金調達をしないとその年末を乗り切れないという弱みにつけ込んだものである。

3  そこで、原告は、被告に対し、昭和五九年一二月二八日、本件和解条項に係る意思表示は強迫によるものであるとして取消す旨の意思表示をした。

五  再抗弁に対する認否

本件和解条項が被告の強迫によるものであることは否認し、右同日に取消の意思表示があったことは認める。

第三  証拠〈省略〉

理由

一当事者間に争いのない事実

1  原告は、自動車部品等の製造販売を業とする株式会社であり、昭和五三年五月二三日、原告と被告との間で、本件銀行取引約定を締結し、原告と被告池袋支店との取引が、そのころ開始された。

2  原告は、昭和五九年一〇月当時、協和銀行板橋支店に一億一〇〇〇万円(本件金員)の預金を有しており、同月一五日、被告池袋支店の原告の預金口座に右一億一〇〇〇万円を入金した。本件金員は、手続上、当初当座預金口座に入金された後、別段預金口座に振り替えられている。

同月二四日、被告は、原告に対し、本件金員を含む原告の被告に対するすべての預金(合計一億五〇二六万二五八七円)を、原告への貸付金との関連で、拘束性預金とし、同月二六日、被告は、右拘束を一旦解除したものの、同月二九日、再び、当座預金を除く一億五〇〇〇万円の預金を拘束した(本件預金拘束)。

3  本件預金拘束当時、原告の被告に対する長期借入金は四億三二〇〇万円、短期借入金は三五〇〇万円であった(合計四億六七〇〇万円)。

二原告は、本件預金拘束を違法と主張する。これに対し、被告は、銀行取引約定(〈証拠〉)上の債権保全を必要とする相当の事由が発生していたから本件預金拘束は適法であると主張する。以下判断する。

1  まず、被告に対して相当の担保が供されていたかどうかについて判断する。

(一)  原告の被告からの借入金が長期短期併せて四億六七〇〇万円であったことは、前記のとおり当事者間に争いがない。

被告は、さらに割引手形債権五〇〇〇万円が存したと主張する。しかし、手形割引においては、割引対象手形の決済によって、その買戻請求がなされないまま処理が終わるのが常態である。そして、〈証拠〉によっても、原告が割引に供した手形につき不渡事故が発生したことはないと認められる。そうすると、この債権額をそのまま担保確保を要するものとみることはできない。

(二)  原告は、前記A(a)ないし(c)、B(a)及び(b)、C並びにDの担保を提供しており、その担保余力は十分あったと主張する。

(1) 〈証拠〉によれば、被告は、融資をする際、担保物件が不動産の場合、時価の七割の担保掛目で評価していることが認められる。この取扱は、金融機関の取扱としては、相当なものと考えられる。

(2) 〈証拠〉によれば、被告の有する山形工場財団の一〇番根抵当権(A(c))、板橋区新河岸の土地の二番根抵当権(B(b))及び東京工場財団の六番根抵当権(C)が、それぞれ原告が主張する極度額で設定されていることが認められるが、それぞれの物件の時価を担保掛目約七割で評価した場合、いずれの場合も、右根抵当権より優先順位にある他の根抵当権の極度額等の担保設定額の合計が右評価額を超える状況にあったことが認められる。

なお、原告は、右板橋区新河岸の土地(B)が、昭和六一年四月当時、坪一三〇万円の評価がされていること(〈証拠〉)をとらえて、その担保余力は十分であったと主張する。しかし、右Bの土地については、昭和五七年一二月の鑑定書(〈証拠〉)では、二億五四〇〇万円と評価されている。そして、〈証拠〉によれば、昭和五九年までの間に値上がりがあったとしても、債務者からの特段の要請等がないかぎり、その担保価値の増加を取引に反映させる扱いはしないのが銀行取引の通例であることが認められ、この扱いはこれで一応合理的なものと考えられる。

(3) 小金井ゴルフ株式(D)につき、原告はこれを担保と主張し、被告は担保ではないと主張する。

〈証拠〉によれば、被告は、小金井ゴルフ株券を預かった際、「有価証券担保差入証」を利用していること、昭和五九年一二月二七日付けの覚書には「担保として差し入れられている、小金井ゴルフ(株)株券」という記載があることが認められる。しかし、小金井ゴルフ株式は、被告の稟議規定(〈証拠〉)の指定担保に該当しないこと、右有価証券担保差入証には、評価額の記載が全くないことが認められ、〈証拠〉に照らせば、小金井ゴルフ株券は、後記認定のような原被告間の従前からの状況改善の一助として受け取ったものとみるのが相当で、正式な担保とする趣旨であったとは認めることはできない。

(4) したがって、被告が、本件預金拘束当時、実質的な担保価値があると評価していたのは、山形工場財団の六番及び八番根抵当権(A(a)(b))及び板橋区新河岸の土地の一番根抵当権(B(a))のみと認められ、その取扱は銀行実務上、一応相当と考えられる。そうすると、被告が考えていた実質的担保価値の合計は三億四〇〇〇万円程度である。

(三)  右実質的担保価値の合計額を、本件預金拘束当時の原告の被告からの借入金合計(四億六七〇〇万円)と比較した場合、結局、形式的には、一億二七〇〇万円程度の担保が不足していたことになる(もっとも、定期預金四〇〇〇万円は、当然実質的な担保であるから、これは控除されるべきであり、実質的には、八七〇〇万円程度の担保が不足していたことになる。)

2  次に、原被告間の従前からの経緯について判断する。

(一)  〈証拠〉によれば、原告の主要取引銀行は、従来、三菱信託銀行であったが、同行から思うような融資が受けられなかったため、原告が同行に対して負っている借入金を返済して、同行が有していた極度額三億円の根抵当権を被告、協和銀行外一行に振り替えようと計画し、そのことを被告と話し合っていたこと、原告は、被告から、昭和五九年一月に五〇〇〇万円、同年三月に一億円の本件インパクトローンを受けたことが認められる。

(二)  そして、〈証拠〉によれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告は、被告との間で、本件インパクトローンの担保として、三菱信託銀行が原告に対して有する右極度額三億円の根抵当権のうち一億五〇〇〇万円分を譲渡する手続を行うとの約束をした。本件インパクトローンの融資期間は半年であった(遅い方の返済期限は昭和五九年九月一三日)が、その返済期限までに右約束は履行されなかった。

(2) 原告の三菱信託銀行に対する債務は合計約二億二〇〇〇万円であり、四〇〇〇万円の定期預金を差し引くと残額一億八〇〇〇万円であった。右約束を実行する前提として、右一億八〇〇〇万円を弁済する必要があったが、この弁済計画もずるずると延ばされていた。結局、本件インパクトローンは、返済期限に長期借入金に振り替えられ、若干の追加担保の設定(前記A(c)、C)はあったものの、担保不足の状況に変わりはなかった。

(3) 本件金員は、原告の経理を担当していた前記栗原孝夫が、協和銀行及び第一勧業銀行に対し、右三菱信託銀行への弁済資金として借入の申込みを行い、協和銀行から借り入れることができたものであった。

なお、前掲栗原孝夫と竹内元由の各証言を対比してみると、本件金員の預金に際し、当事者間に運転資金に使う予定とか、三菱信託銀行への弁済以外には使わないとかの明示の了解があったとは認められないが、三菱信託銀行への弁済資金であるとの暗黙の了解はあったと認められる。しかるに、昭和五九年一〇月下旬になって、原告はこれを運転資金として手形決済に使用しようとし、これに対して、再度にわたる本件預金拘束が行われたものである。

3 右認定の各事実に照らせば、原告が、被告に対し、三菱信託銀行からの根抵当権譲渡による担保提供を約しておきながら、これを遅滞し、右譲渡を行う前提として調達した本件金員(三菱信託銀行に対する借入金の弁済資金)を、右担保提供実行の手順を明らかにすることなく、安易に運転資金として利用しようとしたことが本件預金拘束のきっかけとなったものである。そして、これについての被告の状況判断にも甘さがみられ、原告の資金繰りを考慮したうえでの十分な詰め(預金拘束による原告への影響を考えての担保価値の慎重な評価等)、原告に対する十分な協議、説明等を行わないまま、突然、本件預金拘束をしたことには問題も残るが、前記の担保不足の状況及び従前からの経緯等を併せ考えると、本件預金拘束が直ちに違法であるということはできない。

三以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官稲葉威雄 裁判官山垣清正 裁判官任介辰哉)

別紙〈省略〉

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